喫煙の恐怖|全身を蝕む「静かな殺し屋」の正体と寿命短縮リスク【東京情報大学・嵜山陽二郎博士のヘルスケア講座】

喫煙は、タバコの煙に含まれるニコチン、タール、一酸化炭素など数千種類の化学物質や約70種類の発がん性物質を体内に取り込む行為であり、全身の臓器に深刻な悪影響を及ぼす。肺がんをはじめ多数の部位の発がんリスクを高めるほか、血管を収縮させ動脈硬化を進行させるため、心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患の主要な原因となる。呼吸器系では慢性閉塞性肺疾患(COPD)を引き起こし呼吸機能を低下させる。さらに皮膚の老化や歯周病の悪化、生殖機能への影響、妊婦の喫煙による胎児への害などその被害は多岐にわたる。自身の健康だけでなく、受動喫煙により周囲の人の健康も損なう重大な問題であり、ニコチンの強い依存性が禁煙を困難にしている。
▼▼▼▼▼▼▼▼
チャンネル登録はこちら
喫煙がもたらす全身への深刻な健康被害
タバコの煙には、ニコチン、タール、一酸化炭素をはじめ、4000種類以上の化学物質が含まれており、そのうち200種類以上が有害物質、約70種類が発がん性物質であると特定されている。喫煙は単なる嗜好品を楽しむ行為ではなく、これらの毒物を自ら体内に取り込み、全身の細胞や組織を慢性的に傷つけ続ける行為に他ならない。その影響は肺だけに留まらず、血液を通じてあらゆる臓器に及び、様々な疾患のリスクを劇的に高める「緩やかな自殺行為」とも言える。喫煙による健康被害は、喫煙量や喫煙期間が長くなるほど蓄積され、取り返しのつかない事態を招くことが多い。
がん(悪性新生物)の最大のリスクファクター
喫煙と最も強く関連付けられる疾患の一つが、がんである。タバコに含まれるベンゾピレンやニトロソアミンなどの強力な発がん性物質は、細胞のDNAを損傷し、遺伝子の突然変異を引き起こす。これががん細胞の発生につながる。喫煙者は非喫煙者と比較して、がんによる死亡リスクが男性で約1.6倍、女性で約1.5倍高くなるとされている。特に肺がんとの関連は深く、肺がんによる死亡の約70%は喫煙が原因と考えられている。しかし、影響は肺だけに留まらない。煙の通り道である口腔、咽頭、喉頭、食道のがんリスクはもちろんのこと、発がん物質が血液に乗って運ばれるため、胃、肝臓、膵臓、腎臓、膀胱、そして子宮頸がんなど、全身の至る部位で発がんリスクが上昇する。喫煙は、予防可能ながんの最大の原因であり、禁煙は最も効果的ながん予防策の一つである。
循環器系を破壊するメカニズム
喫煙は血管と心臓にも甚大な被害をもたらす。ニコチンには強い血管収縮作用があり、喫煙直後から血圧を上昇させ、心拍数を増加させるため、心臓に大きな負担がかかる。さらに、一酸化炭素は血液中のヘモグロビンと結びつきやすく、酸素の運搬能力を低下させるため、全身が慢性的な酸素不足状態に陥る。これを補うために心臓はさらに過剰な働きを強いられることになる。また、喫煙は血液中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を酸化させ、血管壁に付着しやすくする一方で、HDLコレステロール(善玉コレステロール)を減少させる。これらの作用が複合的に働き、動脈硬化が急速に進行する。血管が硬く狭くなることで血流が滞り、血栓ができやすくなるため、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患のリスクが非喫煙者の約3倍に跳ね上がる。脳の血管が詰まったり破れたりする脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)のリスクも同様に高まり、命を取り留めたとしても重い後遺症が残る可能性が高い。足の血管が動脈硬化で狭窄・閉塞する閉塞性動脈硬化症も喫煙者に多く見られ、重症化すると足の壊死に至り、切断を余儀なくされることもある。
呼吸器系から奪われる「息をする」能力
タバコの煙は直接肺に吸い込まれるため、呼吸器系へのダメージは甚大である。気道や肺胞の組織が慢性的な炎症を起こし、破壊されていく。その代表的な疾患が慢性閉塞性肺疾患(COPD)である。COPDは「タバコ病」とも呼ばれ、患者の90%以上が喫煙者である。肺胞が破壊されて気腫化し、酸素と二酸化炭素の交換がうまくできなくなる肺気腫と、気道が炎症を起こして狭くなり、痰が増える慢性気管支炎が混在した状態となる。初期症状は咳や痰、階段昇降時の息切れなどだが、進行すると安静時でも呼吸困難に陥り、日常生活が著しく制限される。最終的には酸素ボンベが手放せない生活となり、呼吸不全で死に至ることもある恐ろしい病気である。一度破壊された肺組織は元に戻らないため、早期発見と禁煙が唯一の進行抑制手段となる。また、喫煙は気道の防御機能を低下させるため、インフルエンザや肺炎などの感染症にかかりやすくなり、重症化するリスクも高まる。気管支喘息の患者が喫煙すると発作の頻度が増加し、症状が悪化しやすくなる。
消化器系への広範なダメージ
喫煙は消化器系にも様々な悪影響を及ぼす。ニコチンは胃酸の分泌を促進する一方で、胃粘膜の血流を低下させ、防御機能を弱める働きがある。これにより、胃潰瘍や十二指腸潰瘍が発生しやすくなり、治癒も遅れる上に再発もしやすくなる。また、食道と胃のつなぎ目である下部食道括約筋の働きを弱めるため、胃酸が食道に逆流しやすくなり、逆流性食道炎の原因ともなる。これが慢性化すると食道腺がんのリスクを高めるバレット食道へと進行する可能性がある。さらに、喫煙は腸の運動にも影響を与え、便秘や下痢を引き起こすことがあるほか、クローン病などの炎症性腸疾患のリスク因子となることも指摘されている。
外見の老化と口腔内の崩壊
喫煙の害は体の内側だけでなく、外見にも顕著に現れる。タバコの煙に含まれる活性酸素は皮膚の細胞を傷つけ、コラーゲンやエラスチンの生成を阻害するため、肌のハリや弾力が失われる。さらに、ニコチンによる血管収縮で皮膚への血流が悪くなり、栄養や酸素が十分に行き渡らなくなるため、肌のくすみや乾燥が進む。これにより、目尻や口元の深いシワ、頬のたるみ、顔色の悪さなどを特徴とする独特の老け顔、「スモーカーズフェイス」が形成される。実年齢よりも老けて見られる原因の多くは喫煙にあると言っても過言ではない。口腔内への影響も深刻である。タバコのヤニ(タール)が歯に付着して茶色や黒色に変色するだけでなく、ニコチンの作用で歯茎の血流が悪化し、酸素不足となるため、歯周病菌が繁殖しやすい環境が作られる。喫煙者は非喫煙者に比べて歯周病になるリスクが高く、進行も早い。しかも、血流が悪いために歯茎からの出血などの自覚症状が出にくく、気づかないうちに重症化し、最終的には歯を支える骨が溶けて歯が抜け落ちてしまう。インプラント治療においても、喫煙は失敗のリスクを高める要因となる。口臭も強くなり、対人関係における自信喪失にもつながりかねない。
生殖機能と次世代への深刻な影響
喫煙は男女ともに生殖機能に悪影響を及ぼす。男性の場合、精子の数や運動率を低下させ、奇形率を上昇させるため、男性不妊の原因の一つとなる。また、血管性の勃起不全(ED)のリスクも高まる。女性の場合、卵巣機能の低下を招き、ホルモンバランスが乱れることで月経不順や不妊症のリスクが増加する。また、閉経が早まる傾向もある。さらに深刻なのは、妊娠中の喫煙である。妊婦が喫煙すると、ニコチンや一酸化炭素が胎盤を通じて胎児に直接届いてしまう。一酸化炭素による慢性的な酸素不足とニコチンによる血管収縮による栄養不足により、胎児の発育が阻害され、低出生体重児が生まれるリスクが高まる。また、早産、流産、死産のリスクも上昇するほか、常位胎盤早期剥離や前置胎盤といった危険な妊娠合併症を引き起こしやすくなる。生まれた赤ちゃんにおいても、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクが喫煙者の家庭では非喫煙者の家庭に比べて数倍高くなることが知られている。授乳中の喫煙も、母乳を通じてニコチンが乳児の体内に入り、興奮状態や嘔吐、下痢などの症状を引き起こす可能性があるため避けるべきである。喫煙は、これから生まれてくる新しい命の健康と未来をも奪う行為であるという強い認識が必要である。
受動喫煙:周囲の人々を巻き込む健康被害
喫煙の最大の倫理的問題は、タバコを吸わない周囲の人々にまで健康被害を及ぼす「受動喫煙」である。喫煙者が直接吸い込む「主流煙」よりも、タバコの先から立ち上る「副流煙」の方が、ニコチン、タール、一酸化炭素などの有害物質が高濃度に含まれていることが分かっている。非喫煙者がこれらの煙を吸い込むことで、喫煙者と同様の健康リスクに晒されることになる。受動喫煙は、肺がんや虚血性心疾患、脳卒中のリスクを高めることが確実視されており、日本だけでも年間約1万5千人が受動喫煙が原因で死亡していると推計されている。特に子供は影響を受けやすく、喘息の発症や悪化、気管支炎、中耳炎などを引き起こしやすくなるほか、SIDSのリスク因子ともなる。家庭内や職場、公共の場での喫煙は、本人の意図に関わらず周囲の人々を「他殺」行為に巻き込んでいるに等しい。近年では、喫煙後の呼気や衣服、髪の毛、室内の壁やカーテンなどに付着した有害物質が、時間を置いてから再飛散して周囲の人が吸い込む「三次喫煙(サードハンド・スモーク)」の危険性も指摘されており、喫煙者がその場にいなくても健康被害が生じる可能性が懸念されている。
ニコチン依存症という「病気」の本質
多くの喫煙者がタバコの害を認識しながらもやめられないのは、意志が弱いからではなく、ニコチンに強力な依存性があるからである。ニコチンは脳内の報酬系と呼ばれる神経回路に作用し、快感物質であるドーパミンを強制的に放出させる。これにより一時的な快感や覚醒感、ストレス解消感が得られるが、その効果は短時間で切れる。体内のニコチン濃度が低下すると、イライラ、集中力低下、不安感などの不快な離脱症状(禁断症状)が現れ、それを解消するために再びタバコを吸うという悪循環に陥る。これがニコチン依存症の本質である。ニコチンの依存性はヘロインやコカインと同等かそれ以上とも言われており、一度依存が形成されると自力での禁煙は非常に困難となる。喫煙習慣は単なる「癖」ではなく、治療が必要な「薬物依存症」という病気であることを認識する必要がある。現在では、禁煙外来で医師のサポートを受けながら、ニコチンパッチやニコチンガムなどのニコチン代替療法や、飲み薬による禁煙治療が保険適用で行えるようになっており、これらの医学的な助けを借りることで禁煙の成功率は飛躍的に高まる。
禁煙がもたらす未来への投資
喫煙は健康、美容、経済、そして人間関係に至るまで、人生のあらゆる側面にマイナスの影響を与え続ける。しかし、何歳からであっても、禁煙を始めるのに遅すぎることはない。禁煙した直後から体は回復を始める。数分で血圧や心拍数が正常化し、数時間で血液中の一酸化炭素濃度が下がり酸素レベルが改善する。数日後には味覚や嗅覚が鋭敏になり、食事が美味しく感じられるようになる。数週間から数ヶ月で咳や痰が減り、呼吸機能が改善して階段の上り下りが楽になる。1年後には虚血性心疾患のリスクが喫煙者の半分になり、10年後には肺がんリスクが半分に、そして15年もすれば様々な疾患のリスクが非喫煙者とほぼ同レベルまで低下する。禁煙は、将来の病気のリスクを減らし、健康寿命を延ばし、生活の質(QOL)を向上させるための、自分自身と大切な家族への最高の投資である。タバコという「静かな殺し屋」から解放され、健康で自由な人生を取り戻す決断が、今求められている。





